チベットからネパールへ抜ける中尼公路は、土砂崩れなどが多く、危険な道である。特に雨季がひどい。
道はところどころで崩れ、思い荷物を担ぎながら道が崩落してしまった崖を、ときには丸1日も歩き続けなければならない。
乾季に入り、天候も安定しだした9月12日に出発することにした。情報によれば道路状態も良いようだ。出発が1ヶ月延びれば雪が降り始める。
バスは30人乗りの小型バスだった。国境まで900km。2泊3日の行程だ。
予定通りに出発し、午後2時にはチベット第2の都市であるシガツェにつく。
時間があったので、鳥葬場を見に出かけた。
「鳥葬」は死んだ人間を鳥に食べさせるという風習である。
私が鳥葬場へ行ったのは2度目だった。一ヶ月前もラサ郊外にある鳥葬場へ行っている。
ラサの鳥葬場は山の中腹にあった。建物の入り口には気難しい顔をした年配の女性が立っていた。
管理人(?)らしきその女性は鋭い目つきで「帰れ」と言うようにアゴを振った。結局、中を見させてもらうことはできなかった。
道案内してくれた地元の女のコ達が必死に説得してくれたが、それもムダだった。
しまいには、その女性はナタを取り出し、「帰らないとあんた達の腕を切るよ!」というジェスチャーで凄むので、慌てて逃げ帰ってきたという次第だ。
「神聖な場所なのだ。外国人がおいそれと覗けるような所ではなかったのだ」と思い諦めた。
ところが、他の旅人からシガツェの鳥葬場なら見られると聞いて、それならば是非ということで、今回足を向けたのだ。
シガツェの鳥葬場は草原の丘にあった。
建物もなく、管理する人がいるわけでもなさそうだった。
辺りには死体を解体するためのナタがいくつも転がっていた。
血のついた衣服の切れ端。骨。ハンマー。そんなものが無造作に散らばっていた。
杭の刺さった大きな平たい岩の窪みに血液が溜まっていることで、ここが鳥葬場であることがわかった。
平らな岩の上で死体は解体される。
腕や足は縦に切れ目を入れられ、頭蓋骨は砕かれる。いずれもハゲワシが食べやすいようにだ。
ワシが死体をあちこちに持ち去ってしまうと都合が悪いため、死体の手足は杭にくくりつけられる。
残った骨や肉を焼くための焚き火の跡があった。小さな骨の破片が沢山見えた。
ここでは人は本当に自然に帰るのだということが実感できる。何もなくなり、無に帰る。
日本人は大金をはたいてたいそうな墓を作っていて無駄だなと思った。
国土も狭いのに。
見上げると、大きなワシが3羽。空の高みで旋回していた。
鳥葬場は思った以上に生々しい衝撃的な場所であったのだが、不思議と気持ちは落ち着いていた。
日本で石の下に入れられるなら、ここであいつらの餌になった方がいいなあ。
本当にその方がいいなあ。
そんなことを考えながら宿に戻った。